ローマ法王来日

おはようございます、Kintarooです。

本日のテーマはまたまた脱線して「キリスト教」についてです。

11月23日にローマ法王が来日されました。実に38年ぶりということです。

来日の背景などについても言及していきたいのですが、、、

そもそも「ローマ法王」ってどんな人???

という基本的なことからお話しします。
それについては、カトリックとプロテスタントの違いとか、そもそもキリスト教ってどうやって生まれたのか、とか歴史的なことからお話するのがよいと思いました。

というわけで今日は「キリスト教の誕生からカトリックが生まれるまで」について簡単に書きます。


~キリスト教の誕生~

そもそもキリスト教とは何でしょうか??

ざっくりいうと、キリスト教とは、イエス・キリストの教えを信じる、という宗教です。

イエスは紀元前4年に大工の父ヨセフと母マリアの元に誕生します。イエスは元々ユダヤ人教徒でしたが、ユダヤ人のみが救われるのではなく、神を信じる全ての人が救われると説きました。このことでユダヤ教徒の反発を買ってしまい、紀元30年にゴルゴタの丘で処刑されてしまいます。しかし、イエスの教えは弟子たちによって福音書(後の新約聖書)として伝えられていきます。

ユダヤ教が普及していたローマ帝国は新たな考え方をするキリスト教徒を弾圧し、多くの教徒が処刑されてしまいます。しかし、神の元では皆平等だというキリスト教の教えはどんどん広がり、ついには紀元313年にローマ帝国はキリスト教を認めることとなります。これはイエスの死後300年のことです。

その後、ローマ帝国は東ローマ帝国と西ローマ帝国に分離します。この影響もありキリスト教も東の東方正教会と西のカトリックに分離することとなりす。

カトリックからはさらにプロテスタントが生まれ、その一部である清教徒(ピューリタン)がアメリカに渡ることとなるんですね。

なぜカトリックからプロテスタントが生まれたのでしょうか?

当時、善行主義という名のもとでローマ教皇への寄付金(賄賂)を行う、汚職不正が蔓延し始めたカトリックに対して宗教改革を起こし生まれたのがプロテスタントです。その中でも蓄財が許された考え方をするカルヴァン派プロテスタントが後の清教徒(ピューリタン)なんですね。カルヴァン派プロテスタントはイギリスの商業者で広まっていきます。


さて、カトリックとプロテスタントの違いはわかりましたね。

ローマ法王はこのカトリックの最高指導者にあたる方なんです。

勉強になりました。

参考文献
池上彰
社会人として必要な世界の宗教のことがざっと3時間で学べる